猪瀬直樹氏のメルマガ「日本国の研究」を読んだ感想

前東京都知事猪瀬直樹氏が毎週木曜日に配信しているメルマガを読んでいます。
登録しなくても猪瀬直樹公式サイトから読むことが出来ます。
無料ですから、私は読み忘れがないように登録しています。

5月1日から始まった連載 「断章 妻ゆり子の思い出」 のタイトルを見た時、
こういうテーマは重そうで、読み続けるのは精神的にきついのではないかと思いました。
猪瀬氏の奥様は東京都知事在任中の2013年7月21日に亡くなられています。

この感覚は、1998年8月20日に行われた、横浜高校vsPL学園の高校野球の試合を、
テレビ中継で見ていた時に味わったものと、どことなく似ています。

あの年の夏、私はずっと部屋に篭って高校野球の中継ばかり見ていました。
8月20日の横浜高校vsPL学園戦は、準々決勝の第1試合でした。
開会式、初戦から始まり、準々決勝まで試合を見ていると、あの高校のピッチャーは速球派だとか、
4番バッターはいくつもホームランを打っているとか、各高校選手たちの特徴も分かっていて、
親近感まで湧いているので、どちらのチームが負けても、見いて心が苦しくなります。

横浜高校vsPL学園の試合もまさにそうでした。

2回の裏、フィルダーチョイス絡みでPL学園が3点先制します。
このあと、追いつき引き離しの好ゲームが展開します。

8回の裏で横浜高校が5-5の同点に追いついてから、均衡状態を保ったまま試合は延長戦へ。

延長戦からが更に息詰まる展開。

延長11回の表、横浜高校が得点を上げ、横浜高校が始めて6-5でリードします。
これで決まりかと思ったら、その裏、PL学園も得点、6-6の同点となり、試合は膠着状態へ。

どちらも譲らないまま、延長16回。
当時の高校野球は延長18回までの規定があり(現在は15回まで)
このまま引き分け再試合になるのではないかと思っていました。

16回の表に試合が再び動きます。
横浜高校が得点し7-6、これで決まるかと思ったら、その裏PL学園も得点を上げ7-7の同点に。

私はクーラーの効いた部屋で悠々とテレビ観戦していますが、甲子園球場は気温30度超え、
球児たちの疲労が心配になります。
こうなってくると精神力の勝負です。
どちらも絶対に負けたいないという意気込みが、テレビの画面を通しても伝わって来るので、
見ていてとても切なくなります。

息詰まる延長戦は17回で試合終了となりました。
横浜高校が2点を上げ、その裏PL学園は無得点、試合が決まりました。

1998年8月20日のこの名勝負をご覧になった方は多いと思います。
心が重くなる程の緊迫感と、試合終了後に感じだ安堵感。
見て良かったと思える試合でした。

話しは戻りますが、猪瀬直樹氏のメルマガ 「断章 妻ゆり子の思い出」
このタイトルを見た時、あの横浜高校vsPL学園の試合を思い出しました。

あの試合も見ていて切なかったけれど、とても感動し、球児達の活躍が励みにもなり、
今でもこうして心に蘇ります。

猪瀬氏の「断章 妻ゆり子のの思い出」も、スルーせず、心して読んでみようと思いました。

読んでみると、奥様の病状等は辛いものがあるものの、ジメジメした話ではなく、
都知事時代の五輪オリンピック招致にまつわる話や、奥様との結婚当初の1970年代の
日本の社会状況等についても知る事が出来、単なる個人が書いた思い出話ではなく、
一流作家が書いた作品として、興味深く読める内容です。

昨日配信されたメルマガは「断章 妻ゆり子の思い出(10)」
このお話も第10章となりました。
読み始める時は決心が要りましたけれど、今では続きが楽しみです。

一章辺り約1000~3000文字前後、一息に読める長さです。
こんないいものが無料で読めてしまうのですから、読まなければ勿体無いです。

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